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福岡高等裁判所 昭和38年(ラ)61号 決定

抗告人 高口市平

主文

原判決を取消す。

本件競落はこれを許さない。

理由

抗告人は、主文同旨の決定を求め、その理由は別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

本件記録によれば、本件債務者である大黒チツは昭和三六年七月七日本件債権者である吉原礦油株式会社に対し、その所有の本件競売不動産である宅地三筆と当時同地上に存在した建物に抵当権を設定し、同日その旨の登記を経由したが、その後同建物が滅失したので、その跡に本件競売不動産である建物二棟を建築し、その一棟(家屋番号一二〇番の三)については昭和三七年六月二九日に、他の一棟(家屋番号一二〇番の四)については同年七月二〇日にそれぞれその保存登記手続をした上、抗告人との間において、前者の建物について同年六月二九日、後者の建物について同年七月二一日売買予約を締結し、前者はその日、後者は同年八月一日それぞれ所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、かかる段階において本件債権者は右宅地に対する抵当権を実行するに際し、民法第三八九条に基きその宅地と共に右建物二棟の競売を申立て、原審裁判所はそれを容れて昭和三七年一二月一〇日不動産競売手続開始決定をなし、同月一二日その旨登記簿に記入されたこと、そしてその後である昭和三八年三月七日抗告人は右建物に対する予約完結の意思表示をした上、同日右仮登記の本登記手続をなしたものであることが明かである。

ところで、もともと、土地の抵当権設定者はその土地の使用、収益、処分の権利を失うものではないので、その地上に建物を築造することは何等妨げないのであるが、反面建物の存在しない土地に抵当権を取得した抵当権者は設定者のその後の建物築造により抵当権の実行を困難ならしめ、或いは損害を蒙る場合もあり得るので、民法第三八九条は特に土地抵当権設定者が抵当地に建物を築造した場合に限り、土地と共に抵当権の効力の及ばない建物をも競売に付する権利を認め、抵当権の実行を容易ならしめ、或いは損害を防止しようとしたのである。従つて同条が適用されるためには、抵当権設定当時に土地の上に建物の存在しないことを要し、建物は抵当権設定者が築造し、そしてそれが抵当権設定者の所有にあることを要するものと解するのを相当とする。そこで本件の場合、抵当権設定当時に土地の上に建物の存在しないことの要件を充たすか否かは別論として、本件の建物は抵当権設定者である本件債務者が築造したものではあるが、原決定のなされた日の前日に本件債務者より抗告人に譲渡され、且つ同日不動産競売開始決定のなされた日より前になされていた仮登記の本登記がなされたというのであるから、結局該建物が抵当権設定者の所有にあることを要するという要件を充たしていないことになるのである。従つて抵当権の効力の及ばない右建物は抵当地と共に競売することはできないのであるにかかわらず、これについても競売手続を進行し競落許可決定をなしたのは失当であり、しかも右建物と抵当地とは一括して競売せられたものであるから、結局原決定はその全部について違法であるといわざるを得ない。

よつて、原決定を取消し本件競落はこれを許さないことにして、主文のとおり決定する。

(裁判官 中村平四郎 丹生義孝 中池利男)

別紙 抗告の理由

一、別紙目録記載の不動産については民法第三八九条に基いて競売に付せられたものであるが抗告人は右不動産につき競売申立前たる昭和三七年六月二九日福岡法務局大善寺出張所受付第二七六二号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記をなし、同三八年三月七日同出張所受付第七四〇号をもつて右仮登記の本登記を了した。

二、民法第三八九条に基き、抵当権設定後その土地に築造された建物につき抵当土地と共に競売に付することが許されるのは、その建物が競売申立当時その建物が抵当権設定者の所有にある場合であつて、たとえ建築者が右設定者であつたとしても、その後競売申立前にその所有権を第三者に譲渡した場合は、同条の適用はなく、その建物を競売に付することは出来ないものといわねばならない(コンメンタール五二一頁)、この様に解しなくては、例えば、更地に抵当権設定がなされた後第三者が借地権に基きその地上に建物を建築した場合その建物を競売に付することは出来ないし、その借地権は一定の要件のもとに保護されるものであり、若し前者につきその建物を競売に付し得るものとすれば、前後矛盾した結果を生ずることになる。即ち抵当権設定後の地上権若しくは借地権が抵当権者ひいては競落人に対抗することが出来るかどうかということゝ、競売に付し得るかどうかとは別個の問題として考えらるべきであり、別紙目録記載の不動産を競売に付することは出来ないものであるにかかわらず競売に付した違法があり右不動産に対する本件競落は許さるべきでない。

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